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風評対策の機能不全、発信を弱体化するレトリック(前編)


福島県出身・在住 フリーランスジャーナリスト/ライター

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 東電原発事故に伴う風評問題が拡大・長期化した背景には、「事実に反した流言蜚語を広める」「明らかになっている知見を無視する」「すでに終わった議論を蒸し返す」「不適切な因果関係をほのめかす印象操作や不安の煽動」などを繰り返すことで、正確な情報の伝達妨害と誤解や偏見の既成事実化をはかった「風評加害」の存在がある。

 前回では、ALPS処理水(以下処理水)が泥沼の社会問題化した要因にこれら「風評加害」があったこと、それら風評加害が続いた3つの理由と従来の「風評対策」が充分に功を奏しなかった原因、社会が「風評加害」を抑制どころか事実上のインセンティブを与え続けてきた現状について述べた。

風評が拡大・温存され続ける負の連鎖を断ち切るものは何か。誰が役割を担うべきか。

 災害などの非常時に広まる流言に関する先行研究、たとえば米国人社会学者タモツ・シブタニ著“流言と社会”では、流言を防ぐ役割が「マスメディアや専門家の分析、政府の広報(公的機関が担保する内容の説明)」に求められている。関東大震災で自らも被災し“流言蜚語”(1937)を執筆した日本の社会学者、清水幾太郎も「報道、通信、交通がその機能を果さなくなったとき」流言が起こるとした。

 ところが東電原発事故では、マスメディアこそが「風評加害」、すなわち流言の拡散に積極的に加担した実例が多数みられる。朝日新聞の連載記事『プロメテウスの罠』では「我が子の鼻血、何故」「政府が被害を小さく見せようとし、事実をきちんと言わないから、住民の間で反目が生まれるのです」「放射線は見えず、においもない。(中略)被害が出てくるのはこれからです」などの記述が並ぶ。
 当然、鼻血は放射線被曝が原因ではない。「政府が事実をきちんと言わない」「被害が出てくるのはこれから」の指摘は不正確かつ無責任な煽動に過ぎなかった。しかし、業界はこうした流言や陰謀論に歯止めをかけるどころか日本新聞協会賞、石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞、科学ジャーナリスト賞、メディアアンビシャス活字部門・メディア賞などの名誉をこぞって与えた。その後に記事の検証や批判がされたとの話も聞かない。

 今や、マスメディアは少なからぬ世論から「流言を広める存在」と見做されている。東大などが1500人(福島県内300人、県外1200人)を対象に行った調査(2021年9月)注1)によれば、東電原発事故に伴う偏見・差別の原因が“マスメディア”と考えている割合が63.3%にのぼり、“SNS”53.5%、“政府・行政、東電”約35%と比べて際立っている。事実、処理水についても「汚染水が海洋放出される」かのような流言を発信してきた実態を示した統計注2)もある。
 少なくとも一部のマスメディアは事実上、清水が指摘する「機能を果たさなくなった」状態に近いのではないか。

 その一方で、同調査で偏見差別を解消するための情報発信が期待される存在として選ばれたのは「政府・行政」(66%)が首位となり、専門家(52.5%)が次点となった注1)

 政府や行政はこれまで数多くの情報発信を繰り返してきた。一方で専門家はどのような役割を果たしてきたか。

弱すぎた専門家のコミットメント

「われわれは科学者だ…専門家が声を出さなければ国民に被害」注3)

「(ALPS処理水について)明確な事実を語る科学者をインチキ呼ばわりし、国民を扇動する勢力を知識人としてこれ以上見過ごすことはできなかった」注3)

「間違った情報で不安が高まらないようにすることと、水産業に従事する人など被害者の発生を防ぐことだ。」注3)

 風評や偏見差別に毅然と対峙したこれらは、残念ながら全て日本ではなく韓国の専門家による発信だ。韓国では「処理水海洋放出が行われた場合、福島県産食品の安全性をどう思うか」との質問に対し「とても危険だ」と「やや危険だ」との回答の合計が93%にものぼり(東京大学による調査)注4)、最近では処理水放出前に天日塩の買い占め騒動や魚介類の買い控えなどが起こっている注5)

 韓国社会で特異な偏見差別が根付いた要因には、これまで文在寅(ムンジェイン)前政権と当時の与党「共に民主党」が東電原発事故関連の流言を用いたディスカウント・ジャパンプロパガンダを繰り返してきたことに加え、北朝鮮もそれを助長させる情報工作を行ってきた背景がある注6)

 それに対して、日本の状況はどうか。処理水問題は連日報道されている大きな社会問題であり、その本質は「風評」だ。当事者の懸念は風評と偏見差別であることがすでに明らかな一方、それをもたらす流言や「汚染」呼ばわりの印象操作が頻発している。デマに対する早急なファクトチェック及び専門家による強力な発信が強く求められている状況だ。

 ところが、日本の専門家からは韓国のように毅然公然とした強い反論が聞こえてこない。無論、一部には個人的に精力的な発信を繰り返してきた有志も少なくない。しかし、それらの殆どは草の根的なボランティアである。韓国の対応に比べても、当事国でありながら組織的・公的に矢面に立っての反論以前に、問題へのコミットメントそのものが弱すぎたのではないか。

 現に日本学術会議のホームページを見ても、処理水の風評問題に関する提言や報告の存在が確認できなかった。東日本大震災復興支援委員会(23期)に記録される唯一の提言書は『東日本大震災に伴う原発避難者の住民としての地位に関する提言』という、「避難の権利」を訴える内容に留まっている。『東京電力福島第一原子力発電所の汚染水問題への対応に関すること』を審議内容とした汚染水問題対応検討分科会には提言書や報告書さえ無く、平成28年の議事次第を最後に活動報告も止まったままだ注7)

 流言を専門とした研究での扱いも、不自然と言えるほどに少ない。
 たとえば2021年に出版された『フェイクニュースの生態系』(藤代裕之・編著 青弓社)では、書中で『アノニマスポスト』『もえるあじあ』『政経ワロスまとめニュース♪』などの保守系匿名まとめサイトによる立憲民主党や同党所属の辻元清美議員、在日外国人に対するフェイクニュース、あるいは「保守系セクター」「右翼系セクター」「嫌韓アジェンダ」「反リベラル市民アジェンダ」「ビジネス保守クラスタ」などによるフェイクニュース、沖縄県知事選挙にまつわるフェイクニュースなどを積極的に取り上げていた一方、東電原発事故に関連したフェイクニュースの例示と言及は確認できなかった。
 『流言のメディア史』(佐藤卓己)では、わずかに原発事故風評への言及が見られたが、その内容は巻末近くで「風評被害というフレーミング」というサブタイトルと共に、2014年に起こった「美味しんぼ鼻血騒動」に触れつつ、「放射線被曝に対する健康不安がもっぱら風評被害の枠組みで語られたことに問題はなかっただろうか」と問題提起しているのみだ。しかも、〈放射能を恐れて農水産物の購入をためらう行為に『非合理的』かつ『加害的』に意味が付与されてしまう。〉〈『風評』には、あらかじめ無根拠、有害という印象が与えられている。私たちはふつう『根拠のある風評』とは言わない〉と書く。これでは、あたかも「福島県産品を避けるのは当然」であるかのような言い様ではないか。

 ファクトチェックを標榜する団体からの発信も同様だ。特に昨年10月にGoogleの慈善事業部門「Google.org」から2年間で最大150万ドル(約2億1,700万円)、ヤフーから1年で2,000万円という莫大な運営資金を提供されて発足した「日本ファクトチェックセンター」には設立当初から強い期待と注目が集まり、同組織には東電原発事故に関連したフェイクニュースの情報提供も多数寄せられた注8)
 ところが、同組織は《 ファクトチェック対象は基本的にはSNSなどで配信されている情報とし、正確で厳格な報道機関は対象外 》とする方針を掲げる注9)
 設立から9カ月以上が過ぎた6月22日現在、同団体の記事を「処理水」「汚染水」「福島」「原発」「放射」「トリチウム」で検索してもファクトチェック記事は全くヒットしない注10)
 同じ日に同組織の公式ツイッターアカウントを確認すると、《 「(動画)海底を四足歩行をするタコ」は誤り。タコ型ロボットの映像【ファクトチェック】 》という新着記事を紹介していた注11)
 検証対象と優先順位は、いかなる基準で選ばれているのか。

 他のファクトチェック団体を見てもほぼ同様の状況だ。それどころか、中には『福島第一原発事故で新事実 事故直後の首都圏で高レベルの放射線量が計測されていた』注12)、『「米兵のトモダチは高線量で被ばくしていた」フクシマ第一原発事故プロジェクト』注13)など、逆にファクトチェックされる必要性が疑われる記事さえある注14)

 法務省の人権擁護局にも相談した。人権擁護局は(特定の民族や外国人に対する)「ヘイトスピーチ許さない」との標語を強く繰り返し掲げている注15)
 そこで、東電原発事故に関連した数々の風評加害やデマの具体例を提示した上で、『ALPS処理水や福島の除染処理土への非科学的な「汚染」呼ばわりが人権侵害やヘイトスピーチに該当するか否か』回答を求めたところ、『個別具体的な言動が人権侵害やヘイトスピーチに当たるかどうかについては、対象となる言動の文言のみならず、当該言動の背景、前後の文脈、趣旨等の諸事情を総合的に考慮して判断されることとなるため、法務省(法務局)の立場としてお答えすることは、差し控えさせていただきます。いずれにしても、被災者の方々に対する偏見、差別はあってはならないものと認識しており、こうした言動のない社会の実現に向けて、国民の理解を得られるような人権啓発活動等に、しっかりと取り組んでまいります』との返答が得られた。

 一方で、法務局の具体的取組みについては『法務省の人権擁護機関では、令和5年度の啓発活動強調事項として「震災等の災害に起因する偏見や差別をなくそう」を掲げ、法務省ホームページ注16)での人権啓発動画の掲載等の各種啓発活動を実施しています。また、福島地方法務局においては、令和3年6月に東日本大震災に起因する偏見や差別の防止に焦点を当てた人権啓発動画注17)を作成し、法務省YouTube チャンネルで配信しているとともに、当局のホームページのトップ画面においても、人権啓発メッセージを掲載しています』との説明があった。風評加害者らが自ら法務局HPを検索して訪れ、動画を閲覧し、反省し、風評加害を止めるのだろうか。

 韓国のように専門家が前に出なければ、代わりに矢面に立たされるのは一般被災者だ。実は、処理水問題で漁業者の態度が硬化した一因もこの点にある。かつてサブドレン計画を漁連が容認した際、それを逆恨みした活動家は漁業者を攻撃した。しかし、国も県も風評加害から徹底的に目を逸らし、当事者を守ろうとしなかった。そのトラウマと諦観、不信感が根底にある。風評加害に反論しないことは、更なる風評と解決の困難を招くだけだ注18)

注1)
開沼博東京大学大学院准教授による発表より。当該箇所は動画の20分~21分30秒部分
注2)

注3)
注4)
注5)
注6)

注7)
注8)
注9)
注10)
処理水:
汚染水:
福島:
原発:
放射:
トリチウム:
注11)
注12)
/
注13)
注14)

注15)
注16)
注17)
注18)

次回:「風評対策の機能不全、発信を弱体化するレトリック(後編)」へ続く